パワハラ

私が勤務中に受けていたイジメ

私が18歳の頃、社会に出て初めて務めた勤務先でひどいイジメを受けました。
イジメでもありパワハラでもありました。

 

慣れない仕事に毎日苦戦していたのですがとても楽しく仕事をしていたのですが
私の務めていた職場は主婦の人が沢山パートで働いていたのですが
私は正社員として働いていました。

 

勤務時間は様々で夜勤をすることもありましたし朝早く勤務をすることもありました。
初めは皆さん優しかったのですが段々と変わってきます。
介護の仕事で1番大変な入浴介助で起こったことです。
お年寄りの方をお風呂に入れる仕事なのですがとても体力を使います。
なので午前担当と午後担当の二人に分かれて1日で夕方まで9人を入れるのですが
突然私の時だけ入浴を一人ですることになり一人で1日入浴介助に回されたり。
担当にあたっていたもお一人の人は他の職員の人と楽な仕事をしていました。
体調が悪かったのかな?と思っていてその時はなんとも思っていなかったのですが
短期間でこう行ったことがよくおきました。

 

時にはその人に無理やり残業を押し付けられてその人は帰って行ったり。
他の人にはそういう事はせずになぜか私だけです。
その人がミスをするとなぜか私のせいにされて私が注意されたりもありました。
新人だったので上司に何もいう事ができず悩んでいました。

 

また残業を押し付けられそうになったので
予定があると断ったら次の日からイジメはもっと酷くなりました。
私だけお昼休憩をもらえなかったり他の職員の人たちに悪口を言われたり
仕事に行くのが日に日に嫌になる一方でした。
なぜこういう目に合わなくてはならないのか。
私が何かもしかしたらしてしまったのかなども考えましたが
思い当たることは何一つなく。

 

そして有る事無い事を会社で言われました。
入居者さんのお金を盗んでいる。とか入居者さんに暴言を吐いていたなど
散々言われました。上司の人も私がこんな目にあっているのも見て見ぬ振りでした。
みんな私のことを避けるようになり、何もしていない私がなんでここまでされないといけないのか。
思い切って辞めてしまおうか。と毎日のように思いました。
結局私はこの会社を辞めることになりました。

 

違う職場に転職したのですが前の職場で学んだのが言いたいことははっきり言うことと
何でもかんでも引き受けない事です。
今思えばなんでも断れなくて引き受けてしまう自分にも原因があったのかなとも思います。
転職してからは良い職場の方たち、上司の方たちに恵まれて楽しく仕事する事ができました。

先に帰ると言ったら、次の日から仲間はずれが始まった・・・

私が中学2年生の時、イジメの対象となりました。Aちゃんとは、陸上部で部活が一緒だった為一緒に帰るのが日課となっていました。
ある時、運動場の隣で練習をしていたソフトボール部からピンチヒッターとして駆り出されたAちゃん。案の定、帰る時間も遅くなる為に「先に帰るわ」と伝えた所「待っとって!」となぜかご機嫌斜め。
その次の日から始まりました。初めは昨日先に帰ったから機嫌が悪いのだろうと思っていました。しかし、お昼休みから全く喋らなくなり掃除の時間が終わる頃にようやく自分が置かれている状況を理解しました。どうやらAちゃんは1日かけて周りの子達に「昨日置いてかれたん」と話し回っていた様で、それに賛同した人達が私の方を見てコソコソと内緒話しをしたり、週末に遊ぶ約束を大声でしたりと仲間はずれが始まったのです。休みの日に私抜きで遊びに行き、その時撮ったプリクラをわざわざ渡しに来たり酷いものてました。
Aちゃんに賛同したメンバーで同じ陸上部だったBちゃんは生徒会にも属していた為、部活を遅れてくる事もありました。Aちゃんは「Bちゃんが来ないなら私もBちゃんが行くまで私も行かない!」などと言い、1人で行くとまた何を文句言われるかわからない為、私には待つしか選択肢がありませんでした。その状況を不審に思った同じ部活の男子が声をかけてくれましたが言える訳もなく、もしかしたらこいつも向こうの味方かもと思うと信用出来ないと疑ってかかっていました。
幸いクラスには、別グループの幼馴染が2人いた為、その2人に事情を話して放課後までは一緒に過ごす事になりとても救われました。同じ陸上部の男子と幼馴染のCちゃんが仲良くしていた事もあり、気にかけてくれ昼休みも仲間に入れてくれて本当に嬉しかったです。
この経験から学んだ事は、今の私を形成するには充分な経験でした。それまでの私は、イジメグループに属する側の人間で人や物事を凝り固まった見方でしか判断出来ない様なちっちゃな人間でした。自分達の基準が全て正しいと思い込み、そこから外れている人を見下し貶す最低な人間だったと思います。仲間はずれに合った事から色んな人と話ししてみようと思うようになりました。何故か嫌われている子と同じ委員になり関わってみると、普段無愛想だから言われなくても良い悪口を言われるのかと知れたり、本当は良く笑う子なのだと知れました。この経験から仲間はずれをする様なグループに属さなくても、人間としてきちんと付き合ってくれる人達と関わりたいと思い少しずつグループから離れる様になりました。逆にこの行動がいい距離感となり、普通に会話するレベルにまで戻ってきた頃新たな事実が発覚しました。
春になり陸上の大会が始まりだした頃、やたらとAちゃんが話しかけてくるなと思っていたらなんと私が仲間はずれになっていた時に賛同していたBちゃんが同じ状況になっていました。
流石に可愛そうだなと思ったのと、私がここでBちゃんを仲間はずれにする事は、過去にこの2人がしてきた事と同じ事をするなと思い、同じ人種にはなりたくないと思い「Bちゃんも行こう!」と声をかけました。この行動こそが私自身が自分で感じた大きな変化でした。

若い、新人というだけで受けた陰湿な嫌がらせ

当時私が20歳だった時に出来事です。
短大を卒業目前に控え、就職活動がわりにずっと働きたかったインテリア業界へのショップ店員に応募しました。
そのお店はインテリア業界の中でもトップクラスを誇る有名メーカーで、テレビの取材はもちろんドラマでそのお店の商品が使用されるなど
知る人ぞ知る有名なインテリアショップです。
そんなお店の面接も無事受かり、晴れて働くことができ楽しみにいていました。
初出勤の日、緊張しながらお店に出勤して研修や指導を受けながら仕事をこなしました。
インテリア業界は女性が多い職場環境です。
女性特有の陰湿な世界が早速待ち受けていました。
ある一人の女性アルバイトのA先輩と一緒に遅番で仕事に入った時です。
広い店内いっぱいに響き渡る大きな声で「今日仕事もできない新人と遅番なんて地獄だな〜!!!」と
私の目の前で言い出しました。
びっくりした私は一瞬何を言われたのかわかりませんでしたが、次第にそれは私に向けて遠回しに言われていることだと気付きました。
何度も何度も繰り返し言い続けるのです。
A先輩はその後も閉店作業をしながらずーっと言い続けます。「ほんと私だけ損してる気がする〜。なんで新人と一緒に仕事しないとダメなの?仕事増えるわ」と。
スラスラと続けざまに言うのです。
それを他のスタッフも聞いていましたが、誰もフォローしてくれることもなく言いたい放題言われてその日は終了しました。
帰りの電車で新人というだけでなぜあんな事を言われないといけないかわからず悔しかったのを今でも覚えています。
次の日もその次の日も陰湿な粘着質のようないじめっは続きました。
ある日業務中に軽いミスをしてしまった私は社員の方に指導をされ、フォローしてもらいことなきを得ました。
そしてその日の閉店後に私の終わったミスの証拠をゴミ箱からわざわざ探しだしてきて、またしても大きな声で嫌みを言われました。
別の日には私のロッカーに文句をたくさん記入した手紙が貼られていました。
私は入社をしてまだ3ヵ月足らずで仕事も全ては覚えきれず、少しづつ自分なりに頑張っていたのですが、
立て続けに毎日のように陰湿ないじめを受けました。
それを社員さんも周りの先輩も見ていたのに誰も助けてはくれず、A先輩に注意さえしてくれませんでした。
シフトを見てはA先輩と一緒になっていなか確認をする日々。
何のために好きな仕事に就いたのかわからなくなりました。
このままではだめだと思い、仕事ができるようになれば見返せると考えた私は家具の勉強をすることにしました。
当時担当していたのが雑貨コーナーだったのですが、家具の勉強をして店長に認められれば家具のフロアへ移動できたのです。
A先輩は雑貨コーナー担当で家具や照明などの知識はほぼなく、家具客への接客は全然できませんでした。
A先輩のできないことをできるようになろう!と決め、連日積極的に家具を見ている方へアプローチにいきました。
接客を自ら行い、商品知識をつける努力をしました。
するとそれを見ていた家具コーナー担当の先輩や社員さんが私のがんばりを認めてくれ、気にかけてくれるようになっていったのです。
雑貨コーナーから家具コーナーへ移動の希望を出し、周りの先輩も後押ししてくれたおかげで店長にも認められ入社半年で家具コーナーへ移動することが決まりました。
それをずっと見ていたA先輩ははじめの頃は「雑貨コーナー担当なのになんで家具客の接客をするの?」と毎日のように
嫌みを言われました。しかし、周りの先輩が認めてくれて家具コーナーへの移動が決まった途端に態度が一変!
180度別人のように変わりました。
今までミスや粗を探しだし、終わったミスまでわざわざゴミ箱から見つけてきては私に嫌みを言い嫌がらせをし、個人ロッカーにまで
文句の手紙を貼り続けてきたA先輩はこれまで何もなかったかのように自ら挨拶をしてきたり、
すれ違う時に機嫌をとるかのように声をかけてくるようになりました。
そして、今まで私のことを苗字呼び捨てで呼んでいたのに移動してからは勝手にあだ名で呼んでくるようになりました。
別人のような対応や変わりぶりに最初は動揺し、怒りさえ覚えました。
しかし、これでやり返してはA先輩と同じになるので私は大人な対応を心掛けました。
家具コーナーの先輩達はみな優しく、私がミスをしても「これも勉強だよ」と言ってくれたり、仕事終わりに飲みに連れていってもらったり
プライベートでも遊びに連れていってもらったりするようになりました。
家具コーナーは男性スタッフがメインだったこともあり、男性スタッフと楽しそうに仕事をしているのが羨ましかったのか
A先輩はどうにか仲良くなろうとさえしてきました。

 

何歳になろうがこんな人間だけには絶対になりたくないと思いましたし、
今となってはA先輩の陰湿ないじめをバネにできたおかげだと思っています

見た目がブサイクという理由でイジメに遭っていました。

私は小学校高学年から中学校にかけて約6年間イジメに遭っていました。私は小学校4年生の時に転校をしたのですが、その転校先でクラスでボス的な存在の女子からイジメに遭うようになりました。最初は転校生という理由で珍しがって一緒に遊ぼうと言ってきたのですが、その後からイジメられるようになりました。その理由についてはボス的な女子からは何も言われなかったものの、時々私の様子を探るために近づいてくるボス的な女子の友達からは見た目がブサイクだからイジメているみたいだと言ってきました。当時の私は10歳ながらニキビが顔に出始めていて、目つきも悪かったことから人を不快にしてしまうのだと思いました。

 

しかしそのことについて両親や教師に相談をしても、まだイジメはイジメられる方が悪いとみなされる時代であったことから何の対処もしてもらえないままでした。両親は大変厳しい人だったので私がイジメで学校に行くのを渋っていても殴って無理に行かせる状態でした。誰も助けてくれる人はおらず、私はいない方がいい人間だと思って当時住んでいたマンションから飛び降りようとしたこともありました。

 

その後中学校に進学してもイジメられていることには変わらず、毎回クラス替えがあった時には同じクラスになった子たちからは出て行けとか最悪と言われていました。中学3年生になると皆受験に向けて勉強をするようになるのですが、私は行きたい学校があったことから全ての時間を勉強に費やしていました。その結果、成績は中くらいだったのがいっぺんにトップに立ちました。するとボス的な女子をはじめとして皆私をいじめることをやめたのです。理由は私が成績がよくなったことから、授業のノートを貸してほしいがためにイジメをやめたのでした。

 

今までずっと私をイジメていた同級生が急に近寄ってきてとても気持ち悪く思ったのですが、イジメられるよりかはいいと思ってノートを貸していました。高校生になると私は県内でもトップクラスの進学校に通うようになった上、中学の同級生は全くいない状況だったのでイジメられることはありませんでした。そして大学で

 

都会に出たことで大学デビューし、再び中学生の同級生と会った時に嫌な思いをしないよう、また見返せるように別人のようにきれいになれるよう努力しました。
周りの子たちよりも早く脱毛サロンに通い、脱毛もはじめました→【ミュゼで脱毛した時の体験談(※画像あり)】脇、足、VIO、全身...

 

最近中学校の同窓会に誘われ、気乗りしなかったですが行ってみたところ40歳ということもあってかイジメてきたボス的女子をはじめとしてほとんどの子がすっかりおじさんおばさんになっていた中、私は見た目が実年齢よりも若く見られていることから参加した同級生からは羨望の目で見られました。学生時代はメイクをすることも難しいことから見た目がブサイクだと感じられる女子もいますが、努力すればイジメた相手を見返せるほどきれいになれる可能性もあるので決して絶望することはないと思っています。

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